ロングセラーを続ける珠玉のバラード集がレコードで蘇る

2人のグラミー受賞者との共演

  a time for Ballads (ア・タイム・フォー・バラッズ)

2025年4月16日(水)発売

8曲入りLPレコード/180g重量盤

2010年ロサンジェルス録音(2012年CDリリース)

発売元:Berkeley Square Music

(バークリースクエアミュージック)

品 番:BSM015

定 価:¥4,950(税抜価格 ¥4,500)

〈side A〉

1.モナ・リサ 4:11

Mona Lisa(Ray Evans / Jay Livingstone)

2.バラッド・オブ・ザ・サッド・ヤング・メン 5:04

The Ballad Of The Sad Young Men(Fran Landesman / Thomas J. Wolf Jr.)
3.フォー・オール・ウィ・ノウ 4:49

For All We Know(Sam M. Lewis / J. Fred Coots)

4.スマイル 4:35

Smile(John Turner, Geoffrey Parsons / Charles Chaplin)
〈side B〉

1.アイ・ラブズ・ユー・ポーギー 4:48

I Loves You Porgy(Ira Gershwin, DuBose Heyward / George Gershwin)

2.ラッシュ・ライフ 3:58

Lush Life(Billy Strayhorn)

3.ア・タイム・フォー・ラブ 6:07

A Time For Love(Paul Francis Webster / Johnny Mandel)

4.バークリー・スクエアのナイチンゲール 5:53

A Nightingale Sang In Berkeley Square(Eric Maschwitz / Manning Sherwin)



Vocal:ウィリアムス浩子(Hiroko Williams)

Piano:アラン・ブロードベント(Alan Broadbent)

Bass:チャック・バーゴファー(Chuck Berghofer)

Sax:ゲイリー・フォスター(Garry Foster)

Guitar:ジョン・キオディーニ(Guitar)

Sound Producer & Arranger:ビル・カンリフ(Bill Cunliffe)

Executive producer:Hiroko Williams

Associate producer:Nori Tani



録音スタジオ:Master's Crib,LA,CA

録音エンジニア:Peewee Hill / Maurice Gainen

ミキシング&マスタリングエンジニア:Maurice Gainen


アルバムに寄せて ~ウィリアムス浩子

私の人生に大きな転機をもたらしたこのアルバムの誕生は、アラン・ブロードベントのピアノをある日聴いたところから始まります。彼のピアノに感銘を受け、いつか一緒にバラード集を作りたいという夢が生まれましたが、すでにグラミーを2度も受賞していたアランに、デビューしたばかりのシンガーがオファーなどできるはずもありませんでした。

数年後、偶然ニューヨークのジャズクラブでビル・カンリフの演奏を聴き、アランとどこか共通するものを感じました。彼も私の歌を聴き、「何かアルバムを作ろう」と言ってくれたので、バラード集が実現する!と喜び、日本に戻りました。その後、アメリカのビルと打ち合わせを重ね、レコーディングのための渡米まであと2週間と迫ったところで、ビルが編曲でグラミー受賞というビッグニュースが入りました。喜ばしいことでしたが、それによりどうしても日程が合わなくなってしまい、ビルは自分の代わりに3人のピアニストを紹介するから選んでほしいと提案してきました。ビルと共演できないことに落胆しましたが、メールに綴られた3人の中に、なんとアラン・ブロードベントの名前があったのです。すぐにオファーをお願いし、アランとの録音が決まりました。まさに奇跡が起きた瞬間でした。

その数日後、また連絡が入り、ビルの予定がさらに変更になったので、編曲とサウンドプロデュースで参加できるとのことでした。こうして、願った夢よりも大きな2人のグラミー受賞者との共演が叶ったのです。

2012年のCDリリースからロングセラーとなり、その間もレコード化の要望は多く寄せられ、13年も経ってしまいましたが、今回ようやく実現することができました。

ライナーノーツは、CDリリース時にお願いした岩浪洋三先生の文章を今回も掲載させていただきます。当時先生は体調を崩され、入院先のベッドでこれを書き上げてくれました。発売からひと月後、先生は旅立たれましたが、いつまでも見守ってくれていると感じます。その素晴らしいライナーノーツをぜひお読みください。

《岩浪洋三先生によるライナーノーツ》

※2012年CDリリース時のものを本レコード収録曲に合わせて一部編集

いまいちばん輝いている歌手 ウィリアムス浩子

待ちに待ったウィリアムス浩子のフルサイズのアルバムである。これまではミニアルバムだけだったが、これで欲求不満が解消されることになってとても嬉しい。彼女は、いまいちばん素敵で輝いている歌手だ。しっかりした英語で歌うバラードはとくに他の追随を許さない。一度聴くと何度も通って聴きたくなる歌手であり、東京都内でレギュラー出演している“Body & Soul”や“alfie”はいつも彼女のファンで満員だという。

本アルバムは、最高の共演者とプロデューサーによってロサンジェルスで録音されており、最も得意とするバラード集なので、彼女の個性と魅力を満喫することができる。また、彼女のファンにはオーディオ愛好家も多いことから、温かい人声の生音が見事にとらえられているのも聴きものだ。

今回のアルバムは、2人のグラミー賞アーティストによって生み出されており、彼女の魅力を余すところなく引き出してみせているのに感心させられた。

サウンド・プロデューサーとアレンジを担当したビル・カンリフは1989年にセロニアス・モンク・コンペティションで優勝したピアニスト、アレンジャーで、2010年にグラミー賞をベスト・インストルメンタル・アレンジメントで受賞している。ビルは、ニューヨークで彼女の歌を聴いて気に入り、今回の共演メンバーはみんな、彼が集めたという。

そして、全曲で魅力的なピアノを聴かせてくれるアラン・ブロートベントは、ナタリー・コール、アイリーン・クラール、ダイアナ・クラールといった歌手との共演でも定評があり、1997年と2000年の2回アレンジャーとしてグラミー賞を受賞している。世界中のジャズシンガーからラブコールを受ける名手であり、本アルバムでのウィリアムス浩子との息の合った絶妙の共演ぶりは、見事というほかない。

ところで、僕がウィリアムス浩子の歌を初めて聴いたのは、いつのことだったろうか。たぶん6、7年前だったと思う。吉祥寺のMEGで武田清一氏のヴォーカルLPコンサートがあったとき、ゲスト出演したウィリアムス浩子がピアノを弾きながら、ちょっと素人っぽく「ムーン・リヴァー」を歌ったのが、なぜが強く心に残った。この歌はヘンリー・マンシーニが、オードリー・ヘップバーンでも歌える歌をと、監督に頼まれて書いたに違いないので、声を張り上げるのではなく、素人っぽく歌うと味の出る歌なのだ。ウィリアムス浩子がそれを意識していたかどうかはわからないが、僕は妙に彼女の歌が気に入って、彼女の出演場所に足を運ぶようになった。

日本にはバラードのうまい歌手が少ないが、それは英語と深い関係があると思う。英語をしっかりと身につけていないとバラードとしての味わいが出せないからだ。ごまかしの英語では、バラードは歌えない。ウィリアムス浩子はイギリスに留学していたこともあるだけに、英語の発音も正しく、英語特有のアクセント、イントネーション、フレージングも正確なので、歌が心にしみるのだ。しかも彼女の声はジャズ向きで、温かくきめ細やかで哀愁をたたえているので、バラードの歌唱は格別なものがある。ウィリアムス浩子の本アルバムは、見事なバラード集になっている。バラードの手本のようなアルバムといっていいだろう。

もちろん、彼女はバラードしか歌えない歌手ではない。アップ・テンポやミディアム・テンポの歌も見事に歌い上げる歌手であり、それはライブ会場で必ず聴けるし、きっと次回のアルバムで聴かせてくれることだろう。

本作では、ピアノのアラン・ブロートベントとの共演がバラード・シンギングを一層レベルの高いものにしている。歌手にとってミュージシャンとの出会いは大切だが、アランとの共演は最高の出会いだったといえるだろう。ふたりは呼吸もぴったり合っているし、アランのバラード・プレイは、これ以上ない歌の生かし方をしている。ビル・カンリフの編曲もベストだ。

ウィリアムス浩子は静岡県の出身。会社勤めをしながら音楽活動を続けていたが、アニタ・オデイやジュリー・ロンドンの歌を聴いてジャズの世界に引き込まれ、ついに歌手として活動を本格化させる。イギリス留学から戻ってからは、南青山の“Body & Soul”や六本木の“alfie”などにレギュラー出演するほか、各地のライブ・ハウス、コンサートなどで忙しく活躍、全国各地に呼ばれて好評を博している。2009年にはN.Y.の旧“スイート・ベイジル”に出演し、ジョン・ディ・マルティーノと共演し、好評だった。2011年にジョン・ディ・マルティーノ・トリオが来日した際には、8日間のツアーを一緒にまわった。僕がプロデュースした新宿副都心線開通記念ジャズ・イベントに出演してくれたし、愛媛県松山市の正岡子規記念博物館で行われた初の“ジャズ・コンサート”(岩浪洋三企画・構成)でも絶賛された。また、ディスク・ユニオン新宿店でのミニアルバム発売記念インストア・ライブでは、終了後のCD売上げが同店の最高記録になったという。そして2012年現在も、全国各地で忙しく歌っている。

本アルバルのきめの細やかな温かさと哀愁をたたえたバラードをじっくり聴いてほしい。

A1.Mona Lisa

ごぞんじナット・キング・コールの大ヒット曲だが、この美しいバラードは彼女のキャラクターにぴったりだ。第一声で、ぐっと引き込まれてしまう。

A2.The Ballad Of The Sad Young Men

1959年にフラン・ランズマンが作詞し、トミー・ウルフが作曲したハイ・ブローなバラード。ウィリアムス浩子は、哀感のある声と歌唱で、この楽曲のもつ独特の味わいを表現。すてきな仕上がりだ。

A3.For All We Know

サム・M・ルイスが作詞しJ・フレッド・クーツが作曲、モートン・ダウニーによって世に紹介された古い歌だが、ソフィスティケーテッドなバラードになっている。詩的な雰囲気が実にいい。彼女の歌のうまさがよくわかる。

A4.Smile

1936年の映画「モダン・タイムス」の曲で、チャーリー・チャップリン自身が作曲。とくに日本では多くの人に愛されている名曲といえよう。ゆったりと落ち着いた雰囲気でビューティフルに歌われる。

B1.I Loves You Porgy

ジョージ・ガーシュインのオペラ「ポーギーとベス」の中の歌。ギターのイントロで始まり、哀愁をたたえたバラードとして歌っているのがとても印象的だ。

B2.Lush Life

ビリー・ストレイホーンのペンによる「酔っぱらい人生」を歌った個性的なバラード。この曲の味をうまく出して歌っている。

B3.A Time For Love

ポール・フランシス・ウェブスターが作詞し、ジョニー・マンデルが作曲した情感あふれる曲だが、日本の歌手はあまり歌っていないので新鮮だ。ゲイリー・フォスターのバラード・テナーも活躍する。余韻を残したバラード・シンギングがすてきだ。

B4.A Nightingale Sang In Berkeley Square

ウィリアムス浩子が最も得意とするバラード曲のひとつ。前作でも歌われた曲だが、あえて収録したというから、聴き比べてみてはいかがだろう。イギリスの歌であり、イギリスに住んでいたことのある彼女にとっては、とくに思い出深い曲なのだろう。この歌のファンタジックな魅力を生かして歌えるのは、日本では彼女以外にいない。


ニューヨークの精鋭たちと繰り広げる躍動感あふれる会心作

待望のレコード化

A Wish (ア・ウィッシュ)

2025年4月16日(水)発売

9曲入りLPレコード/180g重量盤

2013年ニューヨーク録音(2013年CDリリース)

発売元:Berkeley Square Music

(バークリースクエアミュージック)

品 番:BSM016

定 価:¥4,950(税抜価格 ¥4,500)

  〈side A〉

1.アイ・ヒア・ミュージック 3:30

I Hear Music(Frank Loesser / Burton Lane)

2.エヴリタイム・ウィ・セイ・グッドバイ 4:40

Ev’ry Time We Say Goodbye(Cole Porter)

3.オールド・デヴィル・ムーン 5:48
Old Devil Moon(E.Y.Harburg / Burton Lane)

4.ブレイム・イット・オン・マイ・ユース 5:26
Blame It On My Youth(Edward Heyman / Oscar Levant)

〈side B〉

1.フロム・ジス・モーメント・オン 3:11
From This Moment On(Cole Porter)

2.ア・ウィッシュ(ヴァレンタイン) 2:26

A Wish(Valentine)(Norma Winstone / Fred Hersch)

3.雨の日と月曜日は 6:08

Rainy Days And Mondays(Paul Williams / Roger Nichols)

4.バット・ビューティフル 4:41
But Beautiful(Johnny Burke / Jimmy Van Heusen)

5.グッドバイからはじめよう 2:57

(佐野 元春)


Vocal:ウィリアムス浩子(Hiroko Williams)

Piano:ジョン・ディ・マルティーノ(John di Martino)

Bass:ボリス・コズロフ(Boris Kozlov)

Drums:マーク・テイラー(Mark Taylor)

Tenor sax:シェーマス・ブレイク(Seamus Blake)

Guitar:ポール・マイヤーズ(Paul Meyers)


Executive producer:Hiroko Williams

Sound producer:John di Martino


録音スタジオ:Tedesco Studios(NJ)/ Bass Hit Studios(NY) 

録音エンジニア:Tom Tedesco / David Darlington

ミキシング&マスタリングエンジニア:Makoto Niijima

アルバムに寄せて ~ウィリアムス浩子

『A Wish』の前作である『a time for Ballads』(以下『Ballads』)は奇跡の連続で制作できたものの、発売されるまでには長い道のりが待っていました。取り扱ってくれるレーベルが見つからないまま日々が過ぎていきました。それならばと自主レーベルを立ち上げ、なんとか発売にこぎつけたのです。インディーズらしくライブ活動のかたわら手売りしていこうという気持ちでしたが、実際はリリースされるやいなやamazon Jazzチャートで1位を記録するなど、自主制作としては異例の大ヒット。これにはアラン・ブロードベントはじめメンバーの演奏が素晴らしかったことはもちろんのこと、何より岩浪洋三先生のお力が大きかったと思っています。『A Wish』のCDリリース時のライナーを書いてくださった後藤誠一先生は岩浪先生のご紹介でした。後藤先生は医師でありながらオーディオ評論家としても名高く『Ballads』の音源を聴いた岩浪先生が、録音がいいからと後藤先生へ繋いでくださったのです。その後オーディオ誌でも取り上げられ高評価をいただけたのが、ヒット作となるきっかけの一つだったと思っています。おかげで、出来立てのレーベルながら、次のアルバム制作へと向かうことができました。

『Ballads』の「アルバムに寄せて」でも触れていますが、ビル・カンリフのピアノを偶然聴いたニューヨークのジャズクラブでは多くのミュージシャンがシットインし、私も1曲歌うことになりました。ピアニストは初対面のジョン・ディ・マルティーノ。そのときの歌を聴いたビルが私に声をかけてくれて『Ballads』誕生へとつながるわけですが、実はありがたいことに、ジョンも、アルバムを作るなら僕に言ってくれと声をかけてくれたのです。

ジョンのピアノは色彩豊かで、いつかスウィングの入ったアルバムを作るならジョンにお願いしたいと思っていました。ニューヨークで会ってから3年以上経っていましたが、ジョンに連絡をすると快諾。最高のミュージシャンを集めてくれて、制作が一気に進みました。とんとん拍子に見えて、実際は自主制作となると同行スタッフなどおらず、交渉ごとからスタジオの予約、メンバーの昼食の手配まで、自分の歌の合間にしなければならない雑務の膨大さなどの苦労はありましたが、その分、いい録音ができたときの喜びもひとしおでした。

『A Wish』はCD発売後、ジャズでは珍しく、JPOPに混ざりオリコンチャートにもランクインし、amazonでは予約時から1位を記録するなど、インディーズの奇跡とまで言われました。ひとえに携わってくださった皆さん、応援してくださった皆さんのおかげです。そのレコード化の実現は本当に嬉しいことです。今作も当時の思いを受け継ぎ、CDリリース時の後藤先生の素晴らしいライナーノーツを掲載いたしました。ぜひお読みいただければと思います。


《後藤誠一先生によるライナーノーツ》

※2013年CDリリース時のものを本レコード収録曲に合わせて一部編集

Hiroko Sings The Most

ウィリアムス浩子がニューヨークの精鋭たちの強力なサポートを得て、人生の願いを込めた「ニューヨーク・ラヴ・ストーリー」を綴る

早くもウィリアムス浩子の通算4作目、フルアルバムとしては昨年発売の「a time for Ballads」に続く2作目となる「A Wish」が登場した。彼女は、昨年秋に惜しくも急逝されたジャズ評論家界の重鎮、故・岩浪洋三先生の一押しの歌手である。岩浪先生は「日本でこれだけしっかりしたバラードを歌える歌手は他には見当たらない」と述べていたが、僕が、以前、彼女のことを「Lady Sings The Ballads」と評したその通り、バラード・ナンバーが今回も際立って優れているので、その評価は変わらないし、この先も変わらないだろう。昨年秋以降の彼女の成長は著しく、アルバムの売れ行き、ライヴシーンでの活躍も絶好調であり、その結果、ジャズ・スタンダードの生まれ故郷、本場ニューヨークでの今回のアルバム制作に繋がったのだろうと思う。

楽曲の真髄にせまる正統的ヴォーカル

彼女はスキャットやフェイクといった技巧に溺れず、ひたすら丁寧に、歌詞に込められた楽曲の真髄へとせまる、いわば正統的ヴォーカリストである。これまでの彼女の日々スタンダードを歌うヴォーカル人生を総決算し、ニューヨーク録音という夢の願い(A Wish)を実現、さらなる高みへと昇る願い(A Wish)をいっぱい詰め込んだのが今回のアルバムである。前回はピアニスト兼アレンジャーとして超一流のアラン・ブロードベントのピアノに包み込まれるような、温かいメルティング・サウンドが特長的であったが、今回のピアノは、今をときめくニューヨークの売れっ子ピアニスト、ジョン・ディ・マルティーノであり、寄り添うリリカルでいぶし銀のピアノが、ウィリアムス浩子の柔らかで羽毛のようなヴォイスを魔法のように際立たせている。何よりも音が生き生きとしており、命の輝き、命の息吹がストレートに伝わってくる。ヴォーカルとインストのサウンド・バランスも良好で、通常の録音とは一線を画す極めてリアルな高音質録音となっており、まさに“ライヴ以上にライヴ”が率直なインプレッションだ。ジャズ・ヴォーカル・ファンのみならず、オーディオ・ファンにとっても気になる本年度屈指のジャズ・ヴォーカル・アルバムであると言えよう。

このアルバムには「Hiroko Sings The Most」がふさわしい

彼女はアニタ・オデイ(Anita O’Day)の「A Nightingale Sang In Berkeley Square」を聴いて、ジャズ歌手を志すようになったというのは有名な話であるが、今回のアルバムにもアニタの愛唱曲「Old Devil Moon」が入っている。アニタの歌い回しを研究して、それを自己のものに完全消化し、これほどまでにナチュラルに歌える様はお見事と言うしかない。英国留学の経験がある彼女の英語は本場仕込み、ネイティヴのような発音は日本人離れをしている。彼女の歌のトーンはアニタのトーンに通じるところがあり、しかし、アニタより一層の透明感を有している。この「Old Devil Moon」はアニタのアルバム「Anita Sings The Most」に入っているが、僕は「A Wish」を聴き通し、「Hiroko Sings The Most」があてはまると感じた。アルバム完成までのすべてにわたって全力を尽くした彼女の心意気がうかがえるからだ。ウィリアムス浩子の願いが込められた直球ストライクを心のミットで受け止めて、受けたストライクから喜びがスーッと広がって行く。そう感じた。「歌うことばかりに一生懸命だった私ですが、今では、音づくりのプロセスにも全力を尽くすことにしています。音づくりひとつで、演奏や音楽そのものの聴こえ方がまったく違ってくるということを知ったからです。どんなに良い演奏をしても、心を込めて歌っても、それが聴き手に伝わらなかったら、本当にもったいない。ですから、精いっぱい今の自分にできる範囲で、音づくりはしっかりやろうと決めたのです」と彼女は語る。まるで、子を慈しむ母親のように、愛情を込めて歌い、育てあげる。「ヴォーカリストにとって自己の分身にも等しいアルバムのサウンド」にここまで責任を持ってこだわりぬくプロは数少ない。まさに真の意味での“プロフェッショナル”である。ジャズ歌手として新しい時代に即応した“仕事の流儀”を実践する彼女に、将来の日本のジャズヴォーカル界を背負ってほしいと願うのは僕だけではあるまい。彼女はそれだけの実力と精神力を有し、勉強熱心で向上心旺盛な努力家であり、今、最も注目されている逸材でもある。そんなわけで「A Wish」は、ウィリアムス浩子の願いでもあり、亡き岩浪先生の願いでもあり、僕も含めて彼女を応援するファン皆の願いでもあるのだ。

ウィリアムス浩子の「ニューヨーク・ラヴ・ストーリー」

今回のアルバムの選曲にあたって、随所に彼女の熟慮、心配りがみられる。日本のジャズ歌手がほとんど歌っていない「A Wish (Valentine)」のような隠れ名曲や難曲に挑戦したり、アルバム最後に佐野元春の「グッドバイからはじめよう」を入れるなどがそうだ。1曲1曲、リスペクトを込め、ニューヨークのメンバーたちに勇気づけられながら歌ったと彼女は述懐する。音からニューヨークの景色が見えると言ったら言い過ぎだろうか、ニューヨークで歌う幸せ、喜びが満ち溢れ、しかも歌いきったという達成感も感じられるウィリアムス浩子の「ニューヨーク・ラヴ・ストーリー」が瞼に浮かぶ思いだ。その意味でも「A Wish」は「Hiroko Sings The Most」なアルバムであり、彼女の自信作でもある。

ここで、共演メンバーを紹介しよう。

メロディーとハーモニーの魔法使いと評されるジョン・ディ・マルティーノ(John di Martino)は、フィラデルフィア生まれで、レニー・トリスターノ、ドン・セべスキーに師事して、ジャズ・ピアニストになった。ニューヨークで今最も売れっ子の一人で、グラミー賞に3度ノミネートされており、日本でも、ヴィーナス・レコードのロマンティック・ジャズ・トリオで一躍有名に。

ボリス・コズロフ(Boris Kozlov)は1967年12月、モスクワ生まれ。1991年にニューヨークに移住後、ミンガス・ビッグ・バンドに在籍、20年以上の長きにわたり、テクニック、音楽性ともに優れたファースト・コール・ベーシストとして活躍中。2度のグラミー賞受賞に輝く。

マーク・テイラー(Mark Taylor)は1962年、ロンドン生まれ、英国を中心にヨーロッパで活躍後、ルー・タバキンに見いだされ、秋吉・タバキン・バンドに在籍、メインストリーム、バップ、ポスト・バップまで幅広くスイングするテクニカルなドラマーとして定評がある。

シェーマス・ブレイク(Seamus Blake)は1970年、ロンドン生まれ、カナダのバンクーバーで育つ。母親の勧めでジャズ・プレイヤーを志す。ボストンのバークリー音楽院を卒業後、2002年、セロニアス・モンク・コンペで優勝、ミンガス・ビッグ・バンドにも在籍、ニューヨークの売れっ子テナーマンである。

ポール・マイヤーズ(Paul Meyers)は1956年、ニューヨーク生まれ。ケニー・バレル以降、最も雄弁なギタリストと評される。ストレートアヘッドなジャズのみならず、ブラジルの音楽シーンでも活躍。幅広いレパートリーと鋭敏なタッチが持ち味。

以上のメンバーは、ジョン・ディ・マルティーノがウィリアムス浩子のアルバム・コンセプトを理解して選んだという。


A1.I Hear Music

ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエの名唱で知られる。1940年のパラマウント映画「Dancing On A Dime」の主題歌。サックスのイントロと軽快なリズムに導かれて登場するウィリアムス浩子の歌声は、喜びに満ち溢れたニューヨーク・サウンドに溶け込んでいる。

A2.Ev’ry Time We Say Goodbye

1944年のミュージカル・レヴュー「Seven Lively Arts」の中で紹介され、多くのジャズメンが取り上げ、スタンダード名曲になる。近年では、カーリン・アリソン、マリリン・スコット、ダイアナ・クラール、ヒラリー・コール等が歌っている。通常はバラードで歌われるが、さよならの時に心が沈み、思い悩む気持ちを切なく、甘酸っぱく6/8拍子で表現している。

A3.Old Devil Moon

アニタ・オデイの名唱で知られる1946年作。ミュージカル「Finian’s Rainbow」の挿入歌。軽快なラテン・リズムに乗って“瞳の奥にいる月の悪魔が私を狂わせたの”と歌われる。ポール・マイヤーズのギターがメリハリをつける。メンバー全員の手拍子が入ったり、とても乗りのよい楽しいテイクになっている。

A4.Blame It On My Youth

1934年作のスタンダード。失恋の歌で、“自分の心のせいではなく、自分の若さのせいだ”と歌われる。近年、イーデン・アトウッド、ジェーン・モンハイト、ホリー・コールをはじめ、多くの名唱が知られるが、彼女の歌も、吐息、ため息を交えて原曲の美しさをストレートに表現し、過去の名唱に匹敵する奥深さを示している。ベスト・テイクの1つだ。寄り添うジョン・ディ・マルティーノのピアノの美しさは筆舌に尽くし難い。まるで流れる涙のような泣きのフレーズが心の琴線にふれる。彼はピアノを涙に変えるマジシャンだ。

B1.From This Moment On

1951年のミュージカル「Out of This World」のために書かれ、1953年のMGM映画「Kiss Me Kate」に使用されたスタンダード。クールで力強い曲調を現代風にアレンジして、軽快なサウンドに。ボリスのベース・ランニングとシェーマスのサックス・ソロが大活躍。

B2.A Wish (Valentine)

名ピアニスト、フレッド・ハーシュの心に沁みる、涙なくしては聴けない永遠の名曲だ。本アルバムのタイトルになった。彼女はフレッドの来日公演3日間のうち2日も通って、この曲を聴いたという。心に沁みついて離れなくなったと語る。生死をさまよう重度の闘病生活から奇跡の生還を果たしたフレッドが、渾身の力を振り絞って奏でるValentine Dayへの思い、人生の願いを込めた曲である。彼女はフレッドへのリスペクトの気持ちを胸に秘めて全身全霊で歌い、聴く者に大きな感動を与える。

B3.Rainy Days And Mondays

1971年にカーペンターズのシングルがヒット、ビルボードのHot100の2位にチャートイン。サラ・ヴォーンやアン・バートンも取り上げている。彼女はアン・バートンの歌唱で影響を受けたと語るが、浩子流に切なく歌い上げているのはさすが。誰でも雨の日と月曜日は気持ちが塞ぐが、彼女の歌を聴いていると、自然と気分がリフレッシュされてくる。

B4.But Beautiful

1947年のパラマウント映画「Road To Rio」の挿入歌。モニカ・ルイスの同名タイトル・アルバムが忘れられない。“どんな境遇でも恋をしていること自体が美しい”と歌われる。ボレロのリズムに乗って、彼女の歌声から切々とした心情が伝わってくる。シェーマスのサックス・ソロが哀感をいっそう盛り上げる。

B5.グッドバイからはじめよう

1983年作。この曲だけがアルバム異色の日本語曲。ライヴのアンコールでは時々歌う曲だそうで、迷いに迷った末、あまりにいいテイクだったので入れることにしたと彼女は語る。最後の「終わりははじまり」という歌詞が胸にグッとせまる。日本のジャズ歌手が、このような日本人の優れた名曲を掘り起こして歌う、その心意気に乾杯。

こうして、このアルバムも終わりを迎えたが、振り返ると、実に味わい深いアルバムであり、いつ聴いても、繰り返し聴いても心を揺さぶられる。特にバラードはそうで、じわじわと静かに、心に沁みてくる。まさに「Lady Sings The Ballads」だ。1曲1曲、1音1音、じっくりと、かみしめて味わってほしい。ニューヨークの精鋭たちの強力なサポートを得て、ウィリアムス浩子が一段と成長したことを世に示す格調高きアルバムであると確信する。